2021/02/13 18:14

今更になって「高慢と偏見」を観て、若い女性と男性の駆け落ち先が、ラムズゲートだったことに少し不思議に興奮している私です。

(写真:ラムズゲート)

最近、自分の買い忘れ品について思ったことがありました。
あれを買えばよかった。という思いは、その人にしかない感覚かと思います。
買わなかったから記憶に残るのかもしれません。

わたしの思い出す買い忘れ品は、ホッチキスの先がミシンに改造されている「ホッチキス」です。


あれを思い出すわけは、その日のお天気、人と交わした会話、道中に見た変な袋に入った気になる飲み物、放し飼いの犬がすごい速さで走っていたこと、バスが全然来ないこと。

その瞬間の自分の気分、店主の雰囲気や陳列方法、わたしにホッチキスを説明してくれた会話、その会話の丁寧なことです。
これは買い忘れ品の思い出です。

買ったものでの思い出もあります。

中央のたまごなんですが。
このたまごは自分が無知だったことで、店主を泣かせてしまい、記憶に残っています。

店主は特に着飾っていない普通の中年男性で、片方の目が深いブルー、もう片方の目が宝石のようなスカイブルーでした。

「これはいくらですか?」と彼の目を見たときに美しすぎてついうっかり
「瞳が美しい。ラッキーだね」と言ってしまいました。

彼は涙をこらえて「ありがとう。あなたはスタニングだ」と言い、
なぜだ?とこの時思いましたが喜んでいる様子だったのでただ、たまごを買って帰りました。


それから後に、同じような瞳の人をみました。
そしてあれは義眼だったとそこで知りました。

このような背景があったら、このたまごの見方は変わりますか?


(全く関係ないジミ・ヘンドリックスの寝室からの景色の写真を挟みました。誰でも入れます。)

本や音楽、芸術家の作品には、どこの誰が作ったのか、中身があり信用性がありますが、そうでない物はどこの誰が持っていたのか、何のために作られたのか、どうやって日本にきてなぜそこで売っているのか。
とわからないことが、魅力でもあるかと思います。

ヴィンテージを売っている現地の人はよく「フューチャーアンティーク」と冗談で言っているような気がします。


わたしが持っていてはそれらは発展しないので、また別の人の手に渡り、必要無くなったらまた必要な人の手に渡って、
将来色々積み重ねたアンティークになるきっかけとなれれば素敵だとおもいます。

ここまで読んでいただきありがとうございます。